【奈良】かつて南都七大寺をリードした古寺 世界遺産元興寺(日本一周補完の旅5日目①)

奈良県

今回は世界遺産の古都奈良の文化財に登録されている元興寺の見どころを紹介します。日本で初めての本格的な仏教寺院である飛鳥寺(蘇我氏の氏寺)を前身とする元興寺は、飛鳥時代~奈良時代初期、南都七大寺をはじめとする諸寺を各分野でリードし、大きな影響力を持った寺院でした。そんな歴史を、日本最古の瓦と共に紹介していきます。

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旧元興寺の境内ならまちの歴史 

元興寺は前回紹介した興福寺の向かいにあります。

興福寺の伽藍を背に、有名な猿沢池を真っすぐ進むと、元興寺に着きます。

周辺には格子の家が建つ昔の町並みが残る、食べ歩きを楽しめるならまちがありますが、その一部は元々は元興寺の境内でした。

前回(興福寺の記事で)紹介した奈良町からくりおもちゃかんがある辺りは、昔は暦を作っていた陰陽師たちの住む陰陽町(いんようちょう)でした。

こちらは元興寺を囲む路地です。

昔は暦を作っていた陰陽師たちの住む陰陽町(いんようちょう)でした。こちらは元興寺を囲む路地です。昔は元興寺の境内だったのですが、この辺りは中世、商工業の様々な産業が発展したようです。
筆や墨、蚊帳、晒、仏具、布団、刀、酒、醤油などが発展し、江戸時代に商工業者が住むようになり、力をつけた富裕層が競い合って豪華な町家を造り、その景観が現在残っています。
※晒:織物や糸から不純物を除去して漂白する工程、また漂白された糸でできた織物   

家の前には防火用のバケツが置かれています。

先ほどご紹介した暦のように、ならまちでは文化も発達し、元興寺の周辺は江戸時代賑わっていたようです。

元興寺の創建

さて、元興寺にやってきました。元興寺は世界遺産の古都奈良の文化財に登録されている寺院です。
元興寺の前身は蘇我馬子が飛鳥に造った氏寺の飛鳥寺です。

物部守屋を筆頭とする廃仏派を、聖徳太子と共に倒した馬子が、日本で初めて本格的に造った寺院で、
平城京の遷都に伴い現在の地に移転してきた寺院です。
※飛鳥寺の創建は596年で、移転は718年(養老2年)

創建の際に百済から仏舎利が贈られ、また僧や寺院を造る職人が来日し、その中の瓦博士が造った日本で最初と伝わる瓦が元興寺には残っており、しかも現役で使われています

境内に入ると目の前に極楽堂と呼ばれる本堂があり、その奥に禅室があります。

主要な構造部材と礎石は、奈良時代創建当初のものが残り、今も用いられているようです。

日本最古の瓦、奈良~江戸時代の瓦について

奈良時代の瓦は行基葺瓦と言って、平瓦に丸瓦を載せています。それにしても、一千三百年も前に作られた瓦が今も残っているのは凄いことです。

建築技術は時代が経つに従って発展していくものなので、新しい時代の方がいいものを作りそうですが、瓦に関しては平安時代よりも奈良時代の方が、良質だったようです。

奈良時代に作られた瓦は焼く前に空気をしっかりと抜き、よく焼いた質のいいものが多く、平安時代になると、神社で見られる檜皮葺(ひわだぶき)やこけら葺(ぶき)などの自然素材で屋根を覆うことが流行り、瓦の生産が減ったため質が下がったようです。
※檜皮(ひわだ):檜の皮を加工して屋根にのせる工法
※こけら葺:ヒノキ、サワラ、スギ、エノキなど筋目がよく通って削ぎやすく、水に強い材木が用いられる。地方によってはクリやマキも用いられる

そして鎌倉時代に瓦は見事復活し、室町時代で一旦の完成をみせ、江戸時代になると現在の形に近い瓦が発明されました。

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『蘇る天平の夢 興福寺中金堂再建まで。25年の歩み』によると、平安時代の瓦は質が悪く、魂の抜けたようなものらしいです。

江戸時代は瓦の簡略化が進み、元禄年間のは質が良かったのですが、以後ずるずると悪くなり、明治大正は焼きが足りなくなり、昭和になると機械が導入され戦争で中断し、戦後に大量生産されるも質が悪がったとのことです。

江戸時代の瓦の簡略化は革命ともいえるもので、それまで平らな瓦に丸い瓦を乗せる2種類の瓦を使ったものが1種類の平らな瓦を敷くだけでよくなりました。現在の瓦の形に似た桟瓦(さんがわら)という平らな瓦が発明され、軽くて安価で作業時間が短いという優れものでした。

明暦の大火から17年後の延宝2年(1674年)に近江の三井寺の瓦師・西村半兵衛という人が発明したようです。当時の将軍・徳川吉宗が享保5年(1720年)に瓦葺きの建築を許可し、税金を免除したり建築費を貸し出したりして、桟瓦葺きの耐火建築を奨励したといいます(『木の国の物語』より)。

南都七大寺をリードした元興寺

百済から伝わった先進技術を用いて造られた飛鳥寺を前身とする元興寺は、他の南都七大寺の寺院と比べて高い建築技術を持ち、学問をリードし、数々の名僧を輩出し、各方面で指導的な役割を果たし、日本の仏教の発展に貢献したといいます。

拝観した時にいただいたパンフレットによると、天平勝宝元年(749年)に諸大寺の格付けが行われた際は、東大寺が寺領4千町歩(ちょうぶ)、元興寺が2千町歩、大安寺・薬師寺・興福寺が1千町歩、法隆寺・四天王寺が500町歩と、東大寺に次ぐ位置にありました。

現在寺院で行われている行事の、お盆で知られる盂蘭盆会や、お釈迦様の降誕を祝う灌仏会(かんぶつえ)、組織的慈善事業の始まりとされる文殊会、一年の終わりにその年の罪を悔い、その消失を願う仏名会(ぶつみょうえ)も全て元興寺から始まったのだそうです。
※灌仏会(かんぶつえ):日本では毎年4月8日に行われる
※仏名会:毎年歳末に「過去」「現在」「未来」の三世にわたる諸仏の名を唱えて、懺悔滅罪(めつざい)を期する行事。

YouTubeで紹介しきれなかった内容です。
※文殊会は文殊菩薩をお祀りして、人々を救い教化し、また孤児を養い育てることを祈願することが起源とされています。日本では淳和天皇(786年(延暦5年)~840年)の時代に勤操や泰善らが畿内において、諸々の貧者に施す社会福祉的な善業を公家と協力して実施したことが始まりであると言われています。

元興寺は平安時代になると次第に衰退の道を歩み、鎌倉時代以後は浄土信仰をはじめ、地蔵信仰や聖徳太子信仰、弘法大師信仰などを取り入れて群衆を集め、庶民の信仰で辛うじて寺領を維持したようです。
※中央政府との距離が離れ、荘園や寺領からの収入が減った

元興寺の瓦を眺めていると、奈良時代に南都七大寺の中でも特別な存在感をもち、各分野をリードした往年の姿が思い起こさるような、そんな気がします。

浮図田

元興寺のもう一つの見どころは、整然と並べられた浮図田(ふとでん)です。昭和63年(1988年)に現在の形に並べ直されたもので、割と新しいものですが、様々な石塔を目にすることができます。

浮図とは仏陀のことで、仏像や仏塔が稲田のごとく並んでいるため、浮図田(ふとでん)と呼ばれています。石塔の中でも有名な五輪塔は、地・水・火・風・空の宇宙を構成する五大要素を体現しており、日本で考え出された石塔と言われています。

他にも塔の屋根の四隅に突起があるのが特徴の宝篋印塔(ほうきょういんとう)や、箱型や舟形の碑、板碑、自然石に文字を刻んだものなどがあります。

中世の元興寺は興福寺大乗院の菩提寺の1つだったようで、僧侶の石塔が多いのですが、商人など庶民のものもあります。なかには「逆修(ぎゃくしゅ)」と言われる、生前に自らの極楽往生を願って石塔を建てたものもあるようです。

当時、石塔を建てるためには大変な費用がかかり、また江戸時代は徳川家のための祈祷を行う御朱印寺に指定され、一般庶民の墓が置かれなかったことから、僧侶以外の石塔は有力町人や富裕層が納めたものと思われます。

法輪館

法輪館もおすすめです。奈良時代に作られた阿弥陀如来像や、先ほど紹介した鎌倉時代に作られた聖徳太子立像や弘法大師座像などを観ることができます。昔の瓦も間近で観ることができました。

個人的には五重小塔という奈良時代に作られた五重塔のミニチュアが興味深かったです。全国に建てられた国分寺の塔の10分の1の雛形と言われているようなのですが、不思議なことに、大きな五重塔を見るよりも、模型の方が構造がよく分かりました。

旅の後に宮大工の方が書いた本(『宮大工と歩く奈良の古寺』)で、奈良時代、朝廷が全国に国分寺の創建を命じた際に、各地に模型を送って組立させ、どのように建築するか指示したことを知りましたが、なるほど、模型だと構造を非常に理解しやすいものだと、妙に納得しました。

最後に

今回は世界遺産元興寺の歴史と見どころを紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。境内は広くなく、それほど長い間滞在できませんが、見どころの少なくない寺院です。パンフレットも素朴ですが、情報量が多くとても勉強になりました。

興福寺や春日大社、東大寺の奈良公園エリアからそれほど離れていないので、近くを観光する際は寄ってみてはいかがでしょうか。

基本情報

アクセス:近鉄奈良駅から徒歩15分、JR奈良駅から徒歩20分。バスは近鉄奈良駅から福智院町下車、徒歩5分、JR奈良駅から田中町下車、徒歩5分

拝観時間:9:00~17:00

拝観料:500円(2023年4月時点)

参考文献

・多川俊映『蘇る天平の夢 興福寺中金堂再建まで。25年の歩み』集英社インターナショナル(2018)

・中嶋尚志『木の国の物語』里文出版(2017年)

飛鳥時代から江戸時代までの木や建築についてしることができます。檜や和釘、瓦についても知ることができます。

・小川三夫『宮大工と歩く奈良の古寺』文藝春秋(2010年)

法隆寺や薬師寺、唐招提寺、東大寺、興福寺、元興寺といった奈良の名寺の見どころを知れる本です。

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