【北海道】稚内散策 日本最北端の地 北防波堤ドームとノシャップ岬と稚内市樺太記念館と 北海道フリーパスの旅⑦(旅20日目)

北海道

2022年4月に北海道フリーパスを使って7日間、北海道を旅しました。
その6日目は旭川から日本最北端の地、稚内に行きました。
今回は稚内の町を紹介します。

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旭川から稚内へ

旭川駅から稚内駅に向かいます。

9時の特急宗谷に乗り、3時間40分かけて向かいます。

旅をしたのは4月上旬ですが稚内はまだ冬で、観光も特にすることはないのですが、折角旭川まで来たからには行っておかないと、もうこの先行くことはなさそうなので行ってみました。

車窓からは木々と川、残雪がただただ流れるだけですが、北海道がどんな場所なのか分かるいい景色でした。
こうした場所を切り開いて北海道を開拓したと思うと、その苦労が実感できます。

稚内はこんな町

さて12時半過ぎに稚内駅に着きました。最北の駅です。

気温は4月上旬で8℃です。東京はじめ本州では24℃前後の春の陽気で、札幌でも19℃ありましたが、稚内は10℃を切る寒さでした。

稚内はどんな町か調べてみましたが、日本最北端に位置し主要産業は水産・酪農・観光の町、くらいしかでてきませんでした。

調べても大して情報の出てこない稚内ですが、この後に寄った樺太記念館で、稚内は流氷が流れてくる場所ですが、近年は減っているとありました。
流氷にはプランクトンが多くいてそれを求めて魚が来るので、流氷が減ると漁業にも今後支障がでる可能性があるようです。

また稚内は、戦後は樺太からの引き揚げ者を受け入れた場所でした。
戦後は稚内在住の9割の人が、樺太から逃げてきた人たちだったと記念館の展示にありました。

北防波堤ドーム

駅から10分ほど歩いた所にある稚内港北防波堤ドームに行きました。
昭和11年に稚内と樺太との定期船発着所として造られた防波ドームで、波で傷んだため昭和55年に改良した、割と新しい建物です。

戦前は南樺太は日本の領土で稚内は樺太との連絡口でした。
雲っていますが、晴れていたら樺太、ロシアのサハリン州が見えます。
その距離43kmしか離れておらず、この40kmという距離は東京駅から八王子市や埼玉の川越市、茨城の取手(とりで)市、千葉の佐倉市、木更津市までの距離です。

ノシャップ岬

稚内の観光地は防波堤ドームとノシャップ岬、宗谷岬くらいでしょうか。
せっかくなのでノシャップ岬にも行ってみます。バスの時間が合わず1時間歩きました。
日本最北端の地で知られる宗谷岬はバスの時間が合わず断念しました。歩くと稚内駅から7時間かかりとても歩けません。

駅から1時間歩きノシャップ岬に着きました。
海に沈む夕陽が美しい場所として有名です。

あまりの寒さでマスクが湿ってしまいました。

特にすることもないので、駅に戻ります。

夏にウニ丼が評判のお店もこの時期はやっていません。
もう一軒有名なお店がありネットでは昼も営業時間でしたが、訪れたら夕方から営業とのことでした。
開いている方が不思議なくらい人がいないので、それもそのはずです。

稚内市樺太記念館

さて駅に戻り反対側の南の方に歩き、稚内副港市場という場所に来ました。
駅から15分の距離です

銀杏草(ぎんなんそう)が特産品とのことで買ってみました。
650円くらいでした。

こちらで紹介しています↓

【北海道】仏の耳と呼ばれる稚内の海草 銀杏草 | 四季を気ままに (shikikimama.com)

建物の一角には稚内市樺太記念館があり、無料の施設で樺太40年の歩みを知ることができます。

明治38年(1905年)、日露戦争の講和条約で南樺太が日本の領土となり、戦争に敗れるまでの40年間、日本は樺太を統治し、鉄道を敷き石炭を採り海底ケーブルを敷きましたが、それも敗戦でなくなってしまいました。

ソ連侵攻の悲惨な歴史も

展示で一つ面白かったのは樺太で狐が飼われていたことでした。
養狐場というものがあり、アメリカやカナダから輸入してきた狐を育ててその革をロシアに売っていたのです。
狐の皮はコサックの帽子や服に使われ、高値で売られ、儲かったのだそうです。

樺太記念館のある稚内副港市場の前はにしん街道でした。

ニシン漁は小樽も盛んでしたが、稚内も盛んで先駆け的な役割を果たしたと説明があります。

そして夕方の6時前の電車で札幌まで移動しました。
(稚内駅→札幌駅 17:44-22:57特急宗谷札幌行)

乗車時間は5時間と長く、この日も鹿との衝突と除去作業があり電車が遅れました。連日電車に乗っていると段々しんどくなっていくもので、この日の遅延は特に堪えました。

YouTubeでも紹介しています。是非ご覧ください。

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