【春の青春18きっぷ】沼津・三島の日帰りの旅②沼津散策 沼津の歴史と地形

静岡県
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前回の続きです。この記事では、静岡県沼津市の歴史や文化を紹介します。

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富士山が綺麗に見える港大橋

10時に沼津駅に着き、港大橋に向かいます。

駅前の大通りにはお店が並び、その裏には商店街があります(帰りに寄ります)。

商店街沿いを歩き、駅の大通りを真っ直ぐ進むと、狩野川に出ます。

目の前に見えるのが、永代橋。奥には駿河湾がありますが、江戸時代は永代橋辺りまで舟着き場が続き、伊豆からの荷揚げや江戸への船の往来で賑わったのだそうです。

現在でも当時の船の往来を偲び、木造船の舟渡が期間限定で行われています。土日祝のみ運行ですが100円と安い料金で、狩野川を運行しているようです。「我入道の渡し船」で検索すると出てくると思います。

後ろの、沼津駅の方にあるのが、御成橋。トラックで隠れていますが、橋の左端から富士山が見えます。

永代橋を過ぎるとより大きく富士山が見えます。

残念ながら手前の山に隠れてしまい、富士山の全景は見えません。

狩野川周辺の住宅街からも富士山が見えます。

川邊神社。どんな由緒があるのか気になりましたが、ネットでは分かりませんでした。

沼津には、火災や天災などで昔の建物がないそうです。沼津は武田氏の拠点の一つ、三枚橋城があり城下町として栄えた町なのだそうですが、よく分かりません。武田家領になった時に地名が沼津から三枚橋となり、江戸時代になると沼津に戻ったそうです。

さて、港大橋に着きました。

橋の右側は沼津湾に繋がっています。

そして橋の左側は富士山が綺麗に見えます。

港大橋は毎年開催される沼津の花火大会の時に、綺麗に花火が見えるおすすめのスポットのようです。

富士山を見た後は、沼津港と市場を見に行きます。

沼津港の近くには海鮮ものの飲食店が集まる観光施設があります。

港八十三番地

沼津港ならではの食事が楽しめる飲食店と水族館のあるモールです。約900坪の敷地に回転寿司・食堂・海鮮丼・カフェ・沼津港深海水族館が並んでいます。沼津港で水揚げされた駿河湾の新鮮な魚介類や、静岡の食材をふんだんに使用した料理を楽しむことができる場所です。

沼津港深海水族館シーラカンス・ミュージアム

2011年にオープンした深海魚の水族館です。メンダコをはじめとするたくさんの深海生物の水槽がありますが、世界初のシーラカンスミュージアムも見所の一つです。2体の冷凍されたシーラカンスと3体の剥製標本を見ることができ、他の水族館とは違った貴重な展示物がたくさんある水族館です。

通常、深海生物は、底引き網方法で引き上げるのですが、普通の底引き網だと2日間くらい漁に出て港には帰ってきません。また、深海生物は船に上げたら死んでしまったり、長生きできないものが少なくありません。しかし、沼津港のある駿河湾は深海なので、その日のうちに深海魚捕まえて直ぐに帰ってこれるので、生きたまま深海生物を水槽に入れることができるそうなのです。

そうした地理上のメリットがあり、沼津深海水族館は日本初の深海生物の水族館としてオープンしたのだそうです。捕まえた深海魚を展示するまでには、魚を地上の光に慣れさせたり、地上の食べものに適応させたりする必要があり、深海魚に関しては飼育レベルが日本でもトップクラスなのだそうです。

駿河湾の最深は2500mで日本一ですが、深海は二酸化炭素をもっとも吸収する機能があるとされていて、環境問題について考える際にも興味深い場所です。こうしたことを知っていたら、中に入ったのですが、この時は知らずに通り過ぎてしまいました。

沼津港は、深海魚が獲れる港なので、飲食店では深海魚料理も楽しめます。カサゴの唐揚げやメビカリの串焼きなど、他の港ではありつけない魚を楽しむことができます。

コロナがなければ立ち寄りたいのですが、残念ながら今回は素通りします。

干物のお店が多いですが、沼津はなかでもアジの干物が有名です。

アジの干物の生産量は全国一で、沼津のアジの干物は大正初期から生産されていました。低い湿度と少ない雨、強い西風などの条件に恵まれ、魚が沢山獲れたことから、アジをはじめとした干物が有名になっています。 今では材料になるアジは外国産の物もあるようですが、長い歴史に育てられた技術や味付けは日本一の地位を守っているのだとか。

金目鯛は深海魚なので、キンメの干物もよく見かけます。

今ではアジが沼津を代表する魚ですが、江戸時代の沼津湊はカツオ漁が盛んで、カツオ節の生産量が日本一だったそうです。

沼津みなと新鮮館

沼津港に近いこちらの施設には、海産物の他に、地元で採れた野菜やお茶、刺身には欠かせないわさび、スイーツなどのお店が入っています。

飲食店では、ワンコイン丼、定食、回転寿司、その場で揚げてくれる海鮮揚物など、海の幸を楽しめます。

外にはウッドデッキテラスがあるので、買ったものを食べながらのんびりと漁港を眺めながら休憩するのもよさそうです。

左端に見えるのが、沼津港大型展望水門「びゅうお」。

東海地震の津波対策の一環として2004年(平成16年)に完成した水門で、津波をシャットアウトする扉体(ひたい)は幅40m、 高さ9.3m、重量は406tと日本最大級で、制御設備は地震計と連動し地震発生後約5分で自動的に完全閉鎖されます。

港では毎週日曜日と毎月1日・15日に朝市が開催されます。

遊覧船乗場もあります。

沼津港を見た後は、千本浜公園に向かいます。

港口公園

この辺りには、井上靖や若松牧水らの歌碑がある「文学のみち」があるようです。

千本浜公園に向かう途中、港口公園があったので寄ってみます。

目の前を歩く若者3人組の後を付いて行って何となく歩いていたら、素晴らしい景色に出会えました。

若山牧水記念館

知らない人だったので素通りしましたが、山梨県赤沢宿に歌碑がある、明治から昭和にかけての歌人だと後で知りました。鉄道旅行を好み、鉄道紀行の先駆といえる随筆を残した人物として知られ、また旅先で歌を詠み、その歌碑が各地にある歌人として知られています。

若山牧水記念館を過ぎた辺りを左に曲がると、駿河湾に行けます。

千本浜海岸

海に出ると素晴らしい景色が広がります。

3月下旬はまだ風が冷たいですが、太陽が暖かく、歩いて体も熱くなっているので、冷たい風が気持ちいいです。座る場所に困ることもないので、気が済むまでのんびり過ごすことができます。

長さ300mの海水浴場は散歩にもいいですが、夕日が海岸線に沈むため、夕景を楽しむのもおすすめの場所です。

砂浜というよりは小石の多い海岸です。

千本浜公園

海岸の隣には、千本浜公園があります。字の通り松が沢山ある千本松原ですが、歴史のある場所になっています。

この松原の松は、安土桃山時代の浄土宗の僧侶・増誉上人が5年かけて松の苗を植えて育ったものとされています。

元々この辺りは、自然に生えた松原がありましたが、16世紀半ばに武田・後北条・今川の合戦があり、多くの松が伐採されてしまいました。松がなくなったことで、周辺の農作物が潮風による塩害を受けて育たなくなってしまい、それを知った旅の僧・増誉上人が、お経を唱え続けながら松を植え続けたと伝えられています。

現在では、狩野川河口から富士川までの駿河湾沿いに、約15kmにわらり30数万本の黒松が続いているそうです。

この時は知りませんでしたが、千本浜公園内には井上靖の文学碑と若山牧水の歌碑があります。

若山牧水は、1920年(大正9年)、東京から沼津に移住した時に、静岡県が千本松原の伐採計画を発表すると、新聞に反対分を寄稿し、反対運動を先頭に立ったそうです。結果、この運動が県の伐採運動を断念させたことで、若山牧水は日本の自然保護運動の先駆けともいわれているのだとか。お酒好き・旅好きの文学家というイメージがありますが、こうした一面もあったようです。

千本浜公園を見た後は、沼津駅に戻ります。

途中、浄運寺というお寺があります。

こちらは、千本浜公園の松原を植林したと伝えられている増誉上人によって、天文6年(1537年)に創建された、浄土宗京都知恩院の末寺です。 戦国時代に築かれた三枚橋城の城主・松平康親や沼津城城主・水野忠友の菩提寺で、境内には増誉上人が松を植えている像や、流浪の歌人・若山牧水の墓があります。

これも後から知ったので、素通りしてしまいました…。

塩害により錆びた信号

塩害に強い素材や塗料は色々と出回っているようですが、地方ではこういう所は後回しになるのが現実なのでしょう。

旅をしていると嫌でも目に入ってしまうシャッター街

駅前の大通りもシャッターが目立ちました。

電灯の交換

維持費だけがかかる昭和期の負の遺産です。傍から見ると、新しい事業を興したり個人のお店を増やして、どんどん挑戦して盛り上げていけばいいのにと思えてしまいますが、色々と面倒なことが多いようです。補助金や故意に高くされるテナント料など、情熱に燃えた若者の入居を妨げている原因が地方の商店街にはあります。建物が大きすぎて、大きな箱になってしまっているのも問題があるように思えます。

そんなシャッター街が地方ではよくみられますが、沼津駅の商店街では、2016年以降のアニメの聖地巡礼による観光客の誘致が大きな経済効果をもたらしたようです。

沼津市の内浦地区がアニメの舞台になったことで、2016年から沼津市の観光客が増え、その近辺にできた案内所には、2016年から2018年までの3年間にこれまでの何倍もの人が訪れたそうです。観光客により、飲食店や宿泊業が潤い、その経済効果は60億円あったともいわれています。熱狂的なファンは何度も訪れるようで、リピーターが多かったようです。

一過性のもので終わるというデメリットがありますが、少なくともアニメの影響で沼津は知名度が上がったのではないでしょうか。

さて、商店街を通って沼津駅に戻り、12時半過ぎの電車に乗って三島駅に向かいます。

次回につづく

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