【旅13日目】前半 京都西エリアの観光名所を歩く 金閣寺・竜安寺へ

日本一周

京都の河原町にあるネットカフェで朝を迎えます。旅13日目は昨日に続き1日京都観光をします。今日はバスの1日乗車券を使って西エリアを歩きます。この記事では、金閣寺、竜安寺、仁和寺、嵐山駅、天龍寺、嵯峨の竹林、祇王寺、大覚寺、東寺を紹介します。今回も前半と後半に分けています。

それでは本日の行程です。

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13日目の行程

9:00金閣寺

9:50竜安寺

10:45仁和寺

11:25御室駅発
11:45嵐山駅着

11:50天龍寺

12:05嵯峨の竹林

12:30祇王寺

13:00蕎麦屋で昼ご飯

13:25大覚寺

15:50東寺

21:00河原町のネットカフェに一泊

7:30にネットカフェを出て、昨日と同じように河原町駅のコインロッカーにリュックを預けます。身軽になってから、8時過ぎのバスで金閣寺に向かいます。「市バス・京都バス一日乗車券」を使います。500円で市内のバスが乗り放題なのでかなり安いですが、バスの中で運賃を払う煩わしさがないのが助かります。

河原町駅の近くのバス停からバスに乗り金閣寺に向かおうとしますが、案の定すんなりバスには乗れませんでした。バス停の場所と乗るバスの系統が分かっているのに、バスに乗れないなん皮肉にものです。朝の通勤時間と重なっていたのもあり、短い間隔でバスが来ては発車していくのに混乱してどのバスに乗ればいいのか分からなくなってしまったのだと思います。

バスを待っていた四条河原町のA乗場は、金閣寺行の他にも京都駅に向かうバスなど8つの路線があり、ひっきりなしにバスがやって来ます。人が沢山並んでいるのもありバスの表示が見えず、躊躇しているうちに行ってしまったのでしょう。D乗場にも金閣寺行のバスがあるので、Dの方に行きますが、ここもよく分からずまたAの乗場に戻ります。

そんなこんなで朝から無駄に疲れてしまいました(ちなみに四条河原町という名前のバス停は、A~Hまで8つあります)。何本もバスを見送っているうちに、ずっと待っていても埒(らち)が明かないので、これだろうというのに乗ったら、運よく金閣寺に停まるバスでした。やはり河原町のバスはよく分かりません。

旅をして数年経った時に、京都を旅をした人がいたので、バスに乗るのが難しくなかったかと聞いたら、「スマホのアプリを使ったので迷いませんでした」と言われたことがあります。当時はスマホの容量が少なかったので、アプリを入れたくありませんでしたし、データ通信量も気にしていたので、そういったアプリを使いませんでした(というか、ただ「おっさん」だっただけですが…)。

金閣寺

さて、四条河原町のバス停から50分ほどバスに乗り、金閣寺のバス停に到着です。

言わずと知れた京都を代表する名所です。

朝から混んでいます。割と早い時間なら空いていると思いましたが、想像以上の人でした。自分のペースでゆっくり歩いたり写真を撮ったりできないのが残念です。

一度、高校生の時に修学旅行で来たことがありますが、その時の方がよっぽど空いていたように思えます。昼になると団体のバスツアー客が来たりと、更に混むのでしょう。

真夏日にもかかわらず、これほど人が来るのも凄いです。

絢爛の極致、金閣寺

ありきたりな感想ですが、金箔が本当に綺麗です。池に反射した太陽の光が金箔に当たるのですが、池の水面が風でさざ波になっているものですから、反射した陽の光もゆらゆらとして、金箔がゆらめいているのです。美しくていつまでも眺めていられるような、それほどの綺麗な景色でした。

さて、金閣寺は鹿苑寺といって臨済宗のお寺です。一層は寝殿造りで二層は書院造り、三層は禅宗の仏殿造りとなっています。一層は公家を、二層は武家を、三層は義満自身を表しているといわれています。金箔が塗られているのは二層と三層ということから、公家をないがしろにしていることを暗示している、なんてこともいわれているようです。三層の内部は壁も天井も金箔が貼られ、床は黒漆でぴかぴかになっているのだそうです。

池の中央に浮かぶ大きな島は日本を表していて、義満が公武の上に立ち金閣寺からこの島を見下ろす造りになっているのだとか。

人の流れに身を任せて、境内を歩きます。

ちなみに、朱印は書き置きのものをいただく形になります。これだけ観光客が多いので、朱印帳に書いてもらう訳にはいかないのでしょう。

夕佳亭

明治時代に再建された数寄屋造りの茶室で、建物の中から池を見渡す夕景が美しいことから「夕佳亭」と名付けられているそうです。

不動堂

石造の不動明王が祀られています。

金閣寺の後はバスで竜安寺に向かいます。

世界的に有名な観光地のバス停がレトロでなんかいいです。

バスの乗車時間は5分くらいでしょうか、金閣寺から直ぐです。

竜安寺

世界的にも有名な枯山水の庭があるお寺です。

禅寺です。

観る者に解釈を委ねる石庭

幅22m・奥行き10mの庭にある15の石と白砂。水や草を使うことなく川の流れや山をシンボライズした庭園は、大自然を表しているとも、小宇宙を凝縮しているとも、禅の世界を表しているともいわれています。置かれ方の絶妙さ。中国の影響を受けながらも日本風に洗練させているところに、日本の美意識があり特徴があるのだとか。作者も作庭時期も何を表しているのかも、全てが謎に包まれています。

石庭の奥にある壁は菜種油を混ぜた土で造られた油土塀というもので、これがまた独特な色を醸し出しています。

枯山水の庭が見える回廊の裏や横もいい景色が楽しめます。

庭の苔も綺麗です。

蹲踞(つくばい)

徳川光圀の寄進と伝わる茶室用の手水鉢。「足りていることを知る者は貧しくても心は富んでいる。足りていることを知らぬものは富んでいても心は貧しい」という禅の格言が刻まれています。写真で見ると苔で文字が消えてしまっていますが、四角が漢字の口を表し、その上下左右に文字が書かれています。

竜安寺には回遊庭園があり、池の周りを散歩できます。

雰囲気のいい小径があります。

水面に映る木や空や雲も、これまた綺麗です。

石庭以外にも見どころのあるお寺でした。

竜安寺の次は仁和寺に行きます。竜安寺から歩いて20分くらいの距離です。

真夏の炎天下、歩いている人などほとんどいません。

仁和寺

仁和寺
世界遺産に登録されている、真言宗御室派の総本山です。お寺を創建した宇多天皇自らが出家して初代の住職を務め、以後明治維新まで代々皇族が住職を務めたお寺です。この流れは、30代まで千年近くも続きました。

東門から入り、御殿に入ります。渡り廊下を歩いて建物内をゆっくり観ることができます。

五重の塔

江戸時代に再建されたもので、各層の幅があまりないのが特徴です。

それにしても広大な敷地です。

仁王門

知恩院や南禅寺の門と共に、京都三大門の一つです。

五重塔と同様に江戸時代創建のものです。

仁王門からは嵐電の御室駅が見えます。

仁和寺を見た後は、御室駅から嵐電に乗って嵐山駅まで行きます。乗車時間約20分、運賃210円。

改札のない駅が多く、電車から降りる時に車内にある運賃箱にお金を入れるシステムでした。

12時前に嵐山駅に到着です。ホームには京友禅の生地をアクリルで包んだポールが並び、綺麗な駅です。

改札を出て道路に出る前に、お土産屋や飲食店があるいい雰囲気の通りがあります。

駅から歩いて数分の所に、天龍寺があります。

天龍寺

天龍寺
臨済宗天龍寺派の総本山。足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、夢窓疎石を開山としたお寺です。「開山(かいさん)」とは仏教用語で、寺院を創始することや寺院を開創した僧侶を指す語です。

天龍寺は8回の大火に見舞われていて、現代のお堂の多くは明治期の再建です。天井に描かれた直径9mの龍が有名ですが、1900年以降に描かれたものです。この日は観れませんでした。土・日・祝日と、春夏秋の特別参拝期間は毎日公開しているようです。

ここでは天才作庭師といわれた夢窓疎石の造った庭園を鑑賞できます。

夢窓疎石は鎌倉時代末期から室町時代初期にかけて活躍した臨済宗の禅僧で、禅寺に初めて枯山水の庭を作った人物といわれ、わびやさび、幽玄などの日本文化の美が形成された室町時代に大きな影響を与えた人物として知られています。

解説によると、大和絵風の王朝文化(平安貴族の文化)と宋元画風の禅文化とが巧みに融け合った庭なのだそうです。

造営にあたっては足利尊氏や夢窓疎石が土を運び、造営費を得るために元に天龍寺船を派遣して貿易を行ったといわれています。

天龍寺の後は、嵯峨の竹林を観に行きます。歩いて5分かかるかくらいの距離で、近くにあります。石組などの庭園の造りをじっくりと観賞したかったのですが、暑くてかないません。逃げるようにして、日陰のある竹林に向かいます。

後半に続く

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